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2019年7月24日 (水)

論文の読み方 考察編

これまで何度かに分けて、下記の論文についてどういう内容が書かれているかレファレンスの内容は、著者らの他の論文は、などの解説をしてきました。

Physical Activity and Survival After Breast Cancer Diagnosis

今回は、私はこの論文をどう読むか?を書いていきます。かなり批判的な内容になってます。

もちろん異論はあるでしょう。

しかしレファレンスや関連情報からは、私には下記のようにしか受け取れないのです。ご意見のある方は、コメントにてお願いいたします。



論文の主旨は、わかりやすく説明するとこんな感じです。



アメリカ看護師調査(Nurse's Health Study、以下NHSと略す)回答者の中から乳がん患者の記録を調べた結果、

1.運動している患者の方が乳がん死亡リスク、再発リスクともに低かった。

2.ホルモン感受性のないER-HER2+の患者の乳がん死亡リスクは、ホルモン感受性のあるER+の患者の乳がん死亡リスクより高かった。

3.よって運動で死亡リスクが下がるのは、エストロゲンレベルが低下するからであると思われる。参考文献にもそう記載されている。

4.より運動量が増えれば乳がん死亡リスクもより下がると予測したが、15MET/wk以上は横ばいだった。

5.乳がん患者も一日30分以上のエクササイズをすべき。



さて、これらの主張は正しいのでしょうか?



まず、1.の乳がん死亡リスク、再発リスクですが、確かに週9METまでは、身体活動量が増えると死亡リスクも再発リスクも下がる、という結果になっています。

おそらく、エストロゲンよりもむしろインスリンが関係しています(レファレンス40参照)。

ウォーキングなどの軽い運動でインスリン抵抗性が改善され、筋肉が糖を取り込むので血糖値が下がります。その結果、がん細胞に栄養(糖分)が回らなくなったためにがん細胞の増殖が抑えられた、そういう可能性があります。

一方、 運動強度が大きい場合、あるいは運動時間が長く及んだ場合、グルカゴン、カテコールアミンなどのインスリン拮抗ホルモンの分泌が増加し、これらの影響により、血糖値は上昇してしまうそうです。だからやりすぎると効果がなくなります。


そして、週平均の身体活動量が「ゼロ」という人はいったいどういう人か?についても考えてみましょう。

おそらく、体調が悪化して、動けない状態の人です。

病気の進行により、或いは治療の副作用により寝たきり状態であった場合など、死亡率が高いのもやむを得ないように思います。

毎日10分のウォーキング(3MET/wk程度)が出来る程度の人はそういう人達より死亡率が低い、さらに毎日30分程度のウォーキング(9MET/wk程度)が出来る程度に動けるくらい症状の軽い人は、もっと死亡率が低い。

ある意味、当たり前の話のような気もします。体力がある人の方が手術など侵襲性の高い治療に耐えられますし。




2.のHER2+については、年代が問題となります。

この論文で扱ったNHSのデータは、1986年から2002年6月のものまで。

HER2+適応の分子標的薬ハーセプチンがアメリカで認可されたのは1998年。全16年の調査期間中、使われたのは最後の4年間のみです。

使用が広まるまでの期間を考慮すると、調査対象中のHER2+の患者さん達のうち、ハーセプチンが使われていない人は8割以上いるであろうことが予測できます。

そう、この論文でのHER2+死亡者というのは、殆どがハーセプチンの製品化に間に合わず、古いタイプの抗がん剤が使われた可能性が高い患者さん達なのです。

おそらく、1998年前後でHER2+患者の生存率はかなり変化していると思われます。

そして論文が出たのは2005年。

ハーセプチン以前の記憶が薄れてきた頃です。この著者まで忘れてしまっていたのでしょうか?



3.のエストロゲンに関しては、レファレンス編で説明しましたが、女性アスリートの話(レファレンス5)です。アスリートでない普通の女性でも毎日10マイル(16km)走るようなハードトレーニングをしていると無月経になる可能性がある(レファレンス6)、という話です。

「身体活動量に比例してエストロゲンが減少」という話ではなく「身体活動量が多すぎる場合」限定、それも摂取エネルギーとの相関であり摂取エネルギーが少ないアスリートの話で、摂取エネルギーが多ければ無月経にはならないのです。

つまり、乳がん患者が食事を変えずにウォーキングのような軽い運動をしただけでは、エストロゲンが減少する可能性はかなり低いと思われます。

しかもこれは閉経前女性の、卵巣からのエストロゲン分泌の話です。



閉経後の女性のホルモンレベルを運動群とコントロール群で比較した文献(レファレンス38)では「有意差はない」程度に下がった、という結果でした。

そしてこれは「濃度」の話。エストロゲン総量がどれぐらい作られてたのか、という視点からの論述はありません。

閉経後は脂肪細胞でエストロゲンが作られるので、月経のようなホルモン量の指標がありません。

アロマターゼ阻害剤の副作用で関節痛が出たり骨粗鬆症になったりする人は、アロマターゼ阻害剤服用以前は軟骨の再生や骨の分解予防に寄与するエストロゲン量が多く作られ、消費されていたと推測できますが、そのあたりの説明がないのです。

ただ、閉経後はエストロゲンは脂肪細胞でアンドロゲンから作られますので、体脂肪を減らせばエストロゲン生成量は減るようです。実際、レファレンス38にもそう書いてあります。そういう意味で、もともと体脂肪量が多い人には、運動も効果があるのかもしれません。

しかし肥満予防はむしろ食事で行うべきでしょう。脂肪分が多い食事はエストロゲンを増やすとの論文も多数あります。Holmesさん達のグループでは違う結果(脂肪分が多い食事はエストロゲンを減らす)でしたが、他のグループは軒並み脂肪摂取とエストロゲンの正の相関を指摘しています。

そのため、エストロゲンを減らしたければ脂肪分の摂取を控えた方がいいであろうことは予測できます。




4.「15MET/wk以上は横ばいだった」については明らかなウソです。グラフにしてみましょう。
    Photo_20190724160901    
    

確かに身体活動量9MET/wkまでは下がっています。しかし15MET超えると、死亡リスクも再発リスクも上がっています。

それを無視して、横ばい(flat)であると言い切ってしまっています。


なのに5.では上限を設けずに運動を勧めている。



これは一体どういうことでしょうか?



15MET/wk超えると死亡率、再発率が増加した分は、上記のインスリン拮抗ホルモン以外にも、インスリン様成長因子(IGF-1)の影響が考えられます(レファレンス40参照)。

論文中では有意差はないとされておりますが、IGF-1濃度が高いと死亡リスクも再発リスクも若干上がっています。

同じ文献では、エストロゲン濃度が低い方がむしろ死亡リスクが若干上がってます。これも有意差はない程度ですが。

エストロゲンに関しては、濃度ではなく総量で考えれば納得がいきます。

エストロゲン受容体が多い、或いは活発であるような、エストロゲンの消費が多い人は、アロマターゼによるエストロゲンの生産が追い付いておらず、空腹時のエストロゲン濃度は低くなる、という可能性があるのではないでしょうか。

そして身体活動とエストロゲンの関連についてはこちらの論文が参考になります。

The role of cytokines in regulating estrogen synthesis: implications for the etiology of breast cancer


運動すると分泌されるマイオカイン、インターロイキン6(IL-6)が酵素であるアロマターゼを活性化し、エストロゲンの分泌を促すとのことです。

むしろ、運動で乳がん細胞中のエストロゲンは増える、と。
 

Bcr4251    



2005年以前に発表された論文なので、世界的に有名な研究者であるHolmesさんがご存知ないはずはないと思うのですが。

一方、IL-6は卵巣においてはアロマターゼ活性を阻害するようです。女性アスリートの月経障害にも関係している可能性があります。


また、IL-6そのものにもがんを進行させる作用があるそうです。活動量が増えると死亡率も再発率も上がるのはIL-6の増加が影響している可能性もあります。

IL-6だけではありません。

成長ホルモン(GH)もインスリン様成長因子(IGF-1)も、乳がん細胞を増殖させます。また、アディポネクチンというサイトカインには抗がん作用があり、低アディポネクチン血症は乳がんの発がんと関連がありますが、アディポネクチンは握力や脚伸展筋力と逆相関の関係にあり、運動して筋力がつくと逆に減ってしまうのです。

さらに、動き過ぎるとインスリン拮抗ホルモンであるグルカゴン、カテコールアミンなども分泌されます。上記のようにこれらはインスリンの作用を阻害し血糖値を上げますので、がん細胞の増殖に繋がります。

このように、運動するとがん細胞を増殖させる方向に働く物質が多くあります。

運動して分泌されるサイトカインの中では唯一、SPARCという物質には抗がん作用があるようです。しかし大腸がんでは運動でのSPARC分泌による予防効果は確認されているのですが、乳がんでは論文を検索しても殆ど出てきません。「化学療法(nab-パクリタキセル)の効果を向上させる」程度のようです。

以上の理由により、「身体活動量が増えるとエストロゲンが減り、再発リスクも死亡リスクも下がるので乳がん患者には運動を勧めるべき」は殆どウソであることがわかります。



ところで。

私のような素人が読んでもわかるような論文のウソを、どうして厚生労働省の優秀な官僚の皆様には見抜けなかったのでしょうか?

或いは、厚生労働省が参考にしたという書籍

「がんに効く」民間療法のホント・ウソ

の著者である医師達には、何故見抜けなかったのでしょうか?

おそらく、見抜「け」なかったのではなく、見抜「か」なかったのです。

ハーバード大学、或いはその研究資金を提供したアメリカNIHに対する「忖度」ですよ。

なにしろ日本の医療は中曽根政権時のMOSS協議以降、アメリカ追従せざるをえない状況になっているので、否定するのは難しいでしょう。

このあたりもそのうち書きます。



それにしても、乳がん患者はいったいどれだけバカにされているのか。

以前、乳がん患者には運動がいいとする論文を検証し、QOL改善だけじゃん!と指摘しましたが。

今回は、もっとひどい結果となりました。悪化する可能性を隠しているとは…。

はぁ~…ため息が出ます。

ため息とはこういう時に自然と出るものです。わざわざ出すものではありません。



しかし。著者のHolmesさん、実は根はいい人なのではないかと思ったりもします。

何しろ、レファレンスのチョイスが最高です。しっかり読めばカラクリが分かるようになっています。

新元号発表後にネット上にいろいろ噂が流れましたが、それに近いものを感じました。

レファレンスを読んでいて、とでも勉強になりました。紹介して頂き、ありがとうございました。



せっかくの頭脳と知識を、忖度論文にしか生かせないのはもったいないとは思いますけども。

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    厚生労働省が平成24年に発表したもの。これによると、治療せずに様子を見る「経過観察」はしちゃダメ!なのかな?なんで?w
  • 国立がん研究センター
    食事療法については何も載っていません。アルコール摂取を控えましょう、肥満に注意しましょう、ぐらい。

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